【王子 小5 10歳】
※『障害』について厳しい内容を書いていますので、心の準備をしたうえでお進みください。
ママリは、途上国に住んで、働いていた経験があります。
ママリが住んでいた国は当時貧しい国として有名で、沢山の国から援助や支援がきていました。
ママリは、田舎の町に住んでいて、仕事は、周囲の村や家をまわって赤ちゃんに予防接種を打つように大人達を説得することでした。
現地の言葉で活動していたので、生の声を沢山聞くことができました。
ある日、町から遠く離れたド田舎の村に行った時のことです。
木に、男性が、つながれていました。
男性は成人していて、裸で、犬用の首輪をつけられ、木につながれていました。
その方は何かを叫びながら、木の周りを、グルグル走りまわっていました。
ママリは近くにいた女性に、理由を聞きました。
「頭がおかしいのよ。」
と聞いて、ママリは「そうなんだ。」と頷くのが精一杯でした。
そうしていると、初めての外国人を一目見ようと村の女性達子供達が集まってきました。
そのうちの一人が、
「あの子は、超ラッキー。あの子の父親が金持ちだから、あの子でも、食べさせてもらえる。羨ましい。」
と、言ったんです。
他の女性達も、うんうん頷いていました。
「お金持ちだから、あの子は生かしてもらえた。」
「食べ物がない家だったら、生まれても育てられないかもしれない。」
「うちもよ。羨ましい。」
と、言っていました。
「羨ましい?そういう旦那がいい?」
と、ママリが聞くと、
「うん。食べさせてくれる旦那が良い。」
「うちの旦那は稼げないから、食べ物が全然ない。」
「うちのは稼いでくるけど、私はあんまり量をもらえない。」
等々、みんなが「食べ物」を貰えることを第一に考えていました。
そこで、ママリは、
「顔は?」
と聞くと、みんなが固まりました。
ママリは生れてはじめて《鳩が豆鉄砲を食ったような顔》を見ました。
ママリの質問に、みんながキョトンとしてから、大爆笑になりました。
「顔?」
「顔、ってどういうこと?」
と、逆に聞かれました。
「きれいな顔の人とかは?」
とママリが聞くと、みんなが盛り上がっていました。
「テレビ (金持ちの家やお店にある) に出てる人みたいな顔?そりゃかっこいいけど、それより食べ物が大事よ。」
「顔のことなんか、考えたこともない。」
と、ケタケタケタケタみんなが笑っていました。
なるほど。
みんな、生きることに必死です。
そういう時は「食べること」だけに、とてつもない価値がつきますよね。
「日本に生まれた」
それだけで、ラッキーなのかもしれません。
ある日、ママリは田舎町から上京して、首都に行きました。
首都は町とは比べものにならないレベルで発展していました。
そんな大金持ちの現地人も外国人も沢山いる首都にも、当然、陰がありました。
お金持ちがいれば、それにあやかろうと集まってくる人々がいます。
乞食です。
ママリが道を歩いていると、乞食の子供に「金くれ。」と言われました。
その子の後ろの方から、もう一人男性が、こちらに向かって歩いてきていました。
その方の歩き方が独特だったので、ママリは子供に聞きました。
「あの人、どうしたの?」
「足が一本ないの。」
子供の返事に、ママリは続けました。
「なんで?」
「切った。」
「切った。」と最初に聞いた時、ママリは「切れた。」だと勘違いをしました、で、聞きかえしました。
「なんで、切れちゃったの?」
「切れたんじゃない。切ったの。」
ママリは首を傾げました。
「切ったの?なんで?病気?」
「乞食は、足がないほうがいいから。」
子供の言っていることが、ママリには理解ができませんでした。
「どういうこと?誰が切ったの?」
「お母さんが、あの子が生まれた時に包丁で切ったの。」
ママリは、鳩が豆鉄砲を食ったような顔になりました。
その子の言葉が、全く理解できませんでした。
「この辺では、足がないあの子が一番お金を貰えて、稼げるから、お母さんから大事にされてる。」
「いつも沢山食べさせてもらえるから、羨ましい。」
と、その子は言ったんです。
ママリがかけられる言葉は、何も、ありませんでした。
ママリはただ、その子の話を聞くことしかできませんでした。
「考え方が違えば、場所が違えば、環境が違えば、何もかもが変わる。」
そんな現実を目の当たりにして、ママリは何もできませんでした。
大学を卒業したてのママリがこの国に派遣された時、ママリは傲慢でした。
「この国を、ママリが救うんだ。」
「あの貧しくて、かわいそうな人達を、救わなきゃ。」
「ママリなら、できる。」
本気で、そう考えていました。
でも実際には、そんなどでかいことはできませんでした。
ママリにできることは、村に行って、一軒一軒家をまわり、子供達やその親達に予防接種の大切さを話したり、予防接種の会場や日程を宣伝したり、小学校で子供達に予防接種に関する紙芝居を読み聞かせることくらいでした。
そしてそんな日々の中で、ママリは気づきました。
その国の人達は、確かに貧しく、食べ物は不足していました。
でも、彼らは「かわいそうな人達」ではありませんでした。
「貧しい」 = 「純粋、良い人、かわいそうな人」
というのは、間違いです。
貧しければ、純粋な心のままでは生き残れません。
戦って手に入れなければ、食べ物を得られません。
だから多くの人々は、ずる賢く、たくましく、自己中心的で、他人への思いやりなんかありませんでした。
「貧しいけど、一生懸命がんばっていて、素直に生きている弱くて純粋な人達に援助をしよう。」というのは、援助金を集めるためのプロパガンダ (ある考えを押し付けるための宣伝) 、誇張です。
だってもし、
「貧しいから、ずる賢い人達に援助をしよう。」と呼びかけたら、多分、誰も援助してくれないからです。
でもママリが実際に会って、話して、笑っていたのは、貧しくて、狡くて、たくましくて、自己中心的な人達でした。
彼らに向かって、何度怒鳴って泣いたか、正直分かりません。
でもママリは、そんな彼らを「とても人間らしい」と思いました。
「行儀よく座っている人形」ではなく、「泣いて笑っている人間だ」と感じました。
「貧しいから、清い心を持っている。」
「貧しい子供達は、勉強が大好き。」
これも違います。
むしろ「日本人こそ、自分よりも相手を優先できる」というかなりレアな清い心を持っています。
そして、途上国の子供達はゲームがあれば、勉強よりゲームをやります(笑)
そんなの、どこの国の子供でも同じです。
「日本の子供達は、ゲームばっかりやっててけしからん。途上国の子供達は、みんな勉強熱心で偉い。」
とよく聞きますが、いったい誰が何をしているのを見てこの発言をしているのか疑問です。
途上国の一部には勉強しかないから、その子達は勉強するのです。
テレビやゲームがあれば、テレビを見ながらゲームやってますよ(笑)
でも、ママリだってヒドイ人間なんです。
ゲームとマンガ大盛況の日本で生まれ小学生の頃からそれらが大好きですし、専業主婦なのに怠けたいし、王子に「大事なことは嘘をついちゃいけない」と怒りながら45歳のママリには10歳の王子に言えない秘密がたくさんあるんです。
でもだからこそ、今のママリがあるんです。
人間には、生まれ持った体、育った場所、今いる環境に合わせて、良い面もあれば悪い面もある。
それが当たり前のことなんです。
狡くてもいいんです。自己中でもいいんです。
それが、その人間の、その場所での、その環境での「生きるための武器」なんですから。
王子には沢山の『神経発達症 (発達障害) 』の特徴があります。
それが理由で、王子は沢山の挫折や悔しい思いをしています。
でもだからこそ、「克服しようと我慢したり、努力すること」や「どうにもできないのでその特徴を受け入れ、一緒に生きていこうとする心意気」などが育まれます。
それは神経発達症がない、ほとんどの物事を普通にできてしまうママリには育めないものなんです。
だから神経発達症があると、普通の人間には得られない何かを得ることができるんです。
だから「貧しい」とか「神経発達症がある」から生じる負の出来事や感情を、否定する必要はありません。
そんな負の自分と一緒に、笑いながら生きていけたらいいですね。
※ この記事の内容はママリの個人的な体験と感情をもとにした考えです。
※ 他国への支援や援助等を行っている団体の重要性も理解していますので、それらを否定する意図は全くありません。
